【宮川晴妃先生①】日本のメディカルフットケアを切り拓いた歩みと、人を惹きつける魅力
日本で「足のケア」がまだ広く知られていなかった時代から、足に光を当て続けてきた人がいます。
「爪切り屋」メディカルフットケアJF協会会長、宮川晴妃(みやがわ・はるき)先生です。美容の第一線から福祉の現場へ進み、高齢者の足と向き合いながら、日本の生活に合ったメディカルフットケアを築いてきました。
今回から3回にわたり、宮川先生の歩み、考え方、そして技術と心を次の世代へ受け継ぐ意味をご紹介します。

美容の技術を「人を支える力」へ
宮川先生は埼玉県生まれ。1956年に美容研究所を開き、1977年には「ビューティー宮川」を開業しました。長く美容の世界で経験を積む中で、次第に「美容室へ来られない方にも、技術を届けたい」という思いを強くしていきます。
1993年には、日本初の移動美容「ヘアクリーン倶楽部」を立ち上げ、病院や福祉施設への訪問美容を開始しました。待つのではなく、必要としている人のもとへ自ら足を運ぶ。その姿勢は、現在の訪問フットケアにも通じています。
高齢者の足との出会いが、人生を変えた
福祉施設で美容活動を続ける中、宮川先生が目にしたのは、厚くなった爪、巻いた爪、痛みを抱えながらも十分なケアを受けられない高齢者の足でした。
髪を整えるだけでは、その方の生活を本当の意味で支えきれない。足が痛ければ立つことが難しくなり、歩く機会が減り、外へ出る楽しみも失われていく。この気づきが、宮川先生をフットケアへ向かわせました。
1996年、さまざまな施設でフットケアと出会い、その必要性を痛感。1998年にはフィンランドのバギラ老人ホームでフットケア技術を学びました。その後、帰国して技術をそのまま取り入れるのではなく、日本人の足、日本の生活習慣、介護現場に合わせて試行錯誤を重ねました。

宮川先生の魅力は、相手を置き去りにしないこと
宮川先生の講演や授業に触れると、知識の多さだけでは説明できない魅力があります。難しいことを一方的に教えるのではなく、受講者の表情を見ながら言葉を選び、問いかけ、できるまで一緒に考える。そこには「目の前の一人を大切にする」という姿勢が常にあります。
先生が見ているのは、爪だけではありません。その方がどんな暮らしをしてきたのか、今どんな不安があるのか、これから何を楽しみに生きていくのか。足に触れながら、その人の人生にも触れているのです。
だからこそ、宮川先生の周りには、看護師、介護士、美容師、フットケアワーカーなど、職種や年代を越えて多くの人が集まりました。技術を独占するのではなく、仲間と学び合い、地域に必要な人材を育てようとする懐の深さも、大きな魅力です。

「爪切り屋」メディカルフットケアJF協会の設立
1999年、宮川先生は「爪切り屋」メディカルフットケアJF協会を設立しました。当時、「爪を切ることを仕事にする」という考えは、今以上に理解されにくいものでした。
しかし宮川先生は、爪切りを単なる身だしなみとは考えませんでした。足を清潔に保ち、観察し、安全に爪を整えることは、痛みや転倒を防ぎ、立つ・歩く力を支え、本人の尊厳を守る専門的なケアであると伝え続けました。
その歩みは、美容、医療、看護、介護の垣根を越え、日本にメディカルフットケアという新しい文化を根づかせる挑戦でもありました。
講演動画:宮川晴妃先生が語るフットケア
文章だけでは伝えきれない宮川先生の表情、声、間の取り方にも、先生の人柄が表れています。ぜひ講演動画をご覧ください。
歩みの奥にあるものを、次回へ
宮川先生が広めたのは、爪を切る手順だけではありません。「足を整えることは、生きる力を支えること」という考え方です。
次回は、高齢者の尊厳、自立支援、観察と安全、そして人の心に触れるケアという宮川先生の哲学を、さらに詳しくご紹介します。
宮川晴妃先生の技術と心を、映像で学びたい方へ
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宮川晴妃先生シリーズ
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